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2009年8月8日土曜日

2009年上半期ライトノベルサイト杯

2009年上半期ライトノベルサイト杯に初参加します。
基本的に新規作品しか読まないので、全てそちらの部門の投票になります。



・新規作品部門

勇者と探偵のゲーム →感想
勇者と探偵のゲーム (一迅社文庫)
【09上期ラノベ投票/新規/9784758040822】
メタラノベの傑作! 上半期一番の収穫!
雰囲気小説なんてとんでもない! これは恋愛を軸足に再び物語を語ろうとするぼくの苦闘の記録だ!

耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳 →感想
耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳 (ファミ通文庫)
【09上期ラノベ投票/新規/9784757746473】
読みづらいからっておいてかれるな! 『山月記』のほうがよっぽど読みづらいぞ!
小説に没入することで得られる、今しか味わえない快楽! これをすくいあげたファミ通文庫に心から拍手!!

純愛を探せ! →感想
純愛を探せ! (GA文庫)
【09上期ラノベ投票/新規/9784797354973】
富士見ファンタジア文庫!? と一瞬勘違いするようなファンタジーラノベの王道!
アイディアはベタながらも、ラブコメとして非常に丁寧に描かれている良作。

サディスティック88 →感想
サディスティック88 (ガガガ文庫)
【09上期ラノベ投票/新規/9784094511246】
貧乳のツンデレヒロインが主人公を足蹴にしていればOKーーなんて時代はとうに終わった!
ここには本物の「愛」がある! SM小説の方をかぶった超良質の学園ラブコメです。

いつも心に剣を 1 →感想
いつも心に剣を 1 (MF文庫 J し 5-1)
【09上期ラノベ投票/新規/9784840126588】
今の日本において異世界ファンタジーを描くのは非常に困難だと思っている。
そこにあえて切り込み、真摯に世界を描こうとするその心意気に一票!

これはゾンビですか?1 はい、魔装少女です →感想
これはゾンビですか?1  はい、魔装少女です (富士見ファンタジア文庫)
【09上期ラノベ投票/新規/9784829133705】
これを荒削りと言わずして、いったい何を荒削りと言えばいいのだろう?
天然と勢いが噛み合わさってできた奇跡! これぞ「今」のライトノベルの輝きだ!

アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 →感想
アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)
【09上期ラノベ投票/新規/9784048675178】
正直自分は、この小説が好きではない。本当にわかっているのか不安になるところも諸々ある。
だがしかし、それを補って余りあるエンターテインメント! 悔しい、でも投票しちゃうぅぅぅッ!!(ビクビクッ!)


えー。書いているうちに調子に乗りました。すみません。
普段は自分の創作メモのようになってるので、今回はなるべく煽る感じで。
下半期も面白いライトノベルに出会えるのを楽しみにしています。

2009年7月30日木曜日

夜と血のカンケイ。

夜と血のカンケイ。 (電撃文庫)

『ルゥとよゐこの悪党稼業』に引き続き読んだら既視感。以下、類似点を箇条書き。
・異世界のヒロインと主人公が不本意な契約を結ぶ
・ヒロインは徐々に主人公に惹かれていく(ツンからデレへの移行を描く)
・クライマックスではライバルと対立するが、ライバルは女性で自分と同等の能力しか持たない
・ヒロインがゴスロリ
現在のラノベにおいてよく見る共通点だと思う。
ツンデレ・ゴスロリのセットはいい加減にして欲しい気もするがまあそれはそれとして、クライマックスでの対立が「圧倒的な力を持つ強敵」ではなく「同等のライバルである」というのはここしばらくのトレンドのような気がする。

主人公が傍観者であり、異能を持つのが少女であるフォーマットにおいて、主人公が強敵を倒して成長するモデルは通用しない。かといって一人称視点ではない少女を成長させてもカタルシスは薄い。
そこででどうするかというと、力関係が同等である「ライバル」を置き、クライマックスのカタルシスを「ヒロインの内面的成長」に求めるのだ。主人公と関わることにより、ヒロインは内面的に成長し、ライバルを退け、「ツン」から「デレ」へと移行する。なるほど、納得!

さて、立て続けに読んだこともあって、自分は『ルゥとよゐこの悪党稼業』とこの小説を比べざるを得なかったのだが、こちらの方が良く書けているように感じた。
特にヒロインと主人公の心が近づいていく課程が、外的な事件を絡めて上手く描けていた印象。それが如実に出たのは、やはりクライマックスのヒロインの内的成長の描き方だと思う。
奇跡は機能すれば効果的だが、そのためには機能させるだけの準備が必要だ。奇跡なんて外的な出来事を起こさずとも、少女の決心という内的なドラマで、クライマックスを描くことは可能なのだ。

あ、あと単純に主人公の立場が捻ってあって導入から面白いです。

ルゥとよゐこの悪党稼業

ルゥとよゐこの悪党稼業 (HJ文庫)

まず「ツンデレ」キャラクターとしてのヒロインが存在し、「ツン」から「デレ」移行の装置としてのクライマックスを付け足す。ドラマからキャラクターが浮き彫りになるのではなく、キャラクターを引き立てるためドラマが設定されている。ならば最初からドラマなどつくらずに、「ツンデレ」という両者の移行のないキャラクターとして、四コマ的日常を描けばよい。
「ツン」から「デレ」への移行を描くには、ドラマへのこだわりが足りなすぎる。

2009年7月24日金曜日

勇者と探偵のゲーム

勇者と探偵のゲーム (一迅社文庫)

僕らはいったい、どんな物語を語りうるんだろう?

絶対的な正義も悪も、リアリティを失った。
21世紀のこの時代に、努力と勝利の進歩主義を信じることは困難だ。

そんな中、物語は何を語るべきなのか?

ベタでネタでメタなストーリーが氾濫している。
だがメタゲームの向こうには無限後退があるだけ。
そこには何もない。

それじゃあ本当の物語ってなんだろう?

人は生きて、死ぬ。
それは恐らく物語の最も原始的な形であり、生に喜びを感じ、死に悲しみを覚える限り、人間は物語から逃れることはできない。

意味のない死を意味のないまま受け入れろだって?
物語を捨てる? 馬鹿な!

必要なのは、本当の物語だ。
誰かの借り物ではなく、納得のいく自分の言葉で、できるだけ誠実な物語を語ることだ。

それはきっと、誰かの借り物ではなく、納得のいく自分のやり方で、できるだけ誠実な人生を生きることなんだと、僕は思った。

2009年7月23日木曜日

その日彼は死なずにすむか?

その日彼は死なずにすむか? (ガガガ文庫)

変えられなかった自分を変えて、少しずつ周りの環境に影響が出ていくプロセスは、感情移入の点など非常に良く書けていると思う。後半の時間の飛ばし方なんかも読んでいた限りではものすごく自然に感じた。
しかしまあ思考実験なのはわかっているとはいえ、女友達と仲良くなるだけで男子の成長が肯定されハッピーエンドを迎えるってのは、非常に抵抗がある。キャラクターを装置として見たとき、作中には恋愛対象の女性3人(とマスコットキャラ)しか存在していなくて、それでも物語が成り立ってしまうのは、果たして良いことなのかどうなのか。

純愛を探せ!

純愛を探せ! (GA文庫)

決して奇をてらわなくても、手垢にまみれた設定の中でも、キャラクターが生きてきちんと恋愛ドラマが成立していれば面白いのだ。

2009年7月22日水曜日

九罰の悪魔召喚術

九罰の悪魔召喚術 (電撃文庫)

ラストで自我の問題について考えてしまうが、まあいずれにせよ「死」は物語が切る最後のカードであり、特に主人公のそれについては慎重に扱うべきだと感じた。
あとこういう作品でヒロインに悪魔は多いが天使は少ない気がするのだが、もしかしたら撲殺天使の印象が強すぎるんだろうか。

とぅ うぃっち せる!

とぅ うぃっち せる! (電撃文庫)

ラスボスがスライム強化版なところに勝利のカタルシスは得られるはずがない。作中の描写程度では所詮スライムはスライムにしか過ぎない。大切なのはラブコメで、「修行→成長」なんて暑苦しい構造は不要になってしまっているのである。あー、なんかこれ最近どこかで聞いたなあ、と思ったらアレだ。「タッチ」だよ。というのは最近のラノベに対しての雑感。で、この作品については最低限勝利のカタルシスを得られるようになってからラブコメをやって欲しい気はする。

2009年6月18日木曜日

あやかしがたり

あやかしがたり (ガガガ文庫 わ 3-1)

丁寧に書けているとは思う。侍のシチュエーションもそれなりに使えていて、妖怪の特色もきちんと出せている。お話もまあそこそこの意外性を出していて悪くはない。
でも欠点がない作品として評価できるかといえば、それもちょっと難しいような気がする。妖怪を倒せばで外的な問題は解決するが、しかし内的なドラマの決着はそれとまた別問題なわけで。
国に平和が戻っても、「主人公がこのストーリーで何を得たのか?」がぼやけてしまっている限り、カタルシスは生まれないんじゃないのかなあ。ふくろうのように、成長しない「キャラクター」が主人公だったらまた別だけどね。

2009年6月16日火曜日

IS(インフィニット・ストラトス)

IS(インフィニット・ストラトス) (MF文庫J)

ツンデレヒロインを複数用意するなら、ストーリーに絡めてそれぞれの立場の差異を明確化させなきゃ意味がない。「寮の同室」「バトルの師弟」「幼い頃の約束」というそれぞれのヒロインの根っこになるものは、対比されてストーリーにはっきり絡んだ緊張関係を持つべきだ。
ツンデレって性格がメタ化されて読者にも共有されてから、ヒロインがラベリングされただけで満足されてしまうラノベが量産されているような印象がある。本当はその向こう側にあるものを表現されて初めて、愛情を抱けるんだと思うんだけど。貧乳を気にしてるツンデレヒロインが主人公どつくパターンなんて、年に何十冊読んでるだろう? 怒りのあまり撲殺、なんて極北がすでにっていうかだいぶ昔にあるんだから、ツンデレのアクションで主人公災難型で見せようとしたってかなり工夫が必要だ。

あと、主人公が鈍感だが「男の子」にこだわる、というのは懐かしさが裏返って新しいのかもしれないと思ったりする。そんなわきゃないか。でもやるんだったら土壇場でもっと「男の子」するシチュエーションをつくらないとちょっと説得力が足りない。

2009年6月11日木曜日

星図詠のリーナ

星図詠のリーナ (一迅社文庫)

キャラ立て、読みやすさ、エピソードのつくり他、手堅くツボを押さえている印象。悪くないが、難点がないわけではない。
最も気になったのは、「地図」という非常に巨視的な題材を、ヒロインの視点から説得力もってストーリーに組み込めてはいないように感じたところ。「地図」は市民の生活に密着するものでもあるが、それよりも国の軍事政策や都市設計といった、個人とは大局的な場所で機能するように思える。ヒロインの庶民視点に地図というギミックを引きつけるには、立て札程度ではちょっと説得力が足りないような印象。
あと、普通に立てられていて悪くはないんだけど、ライトノベルというジャンルからみたとき、本作品のヒロインはちょっと魅力が足りない。『狼と香辛料』なんてラノベにならなそうなテーマの作品をまず引っ張ったのは、間違いなくヒロインの魅力。たとえば弱点をつくるだけで、キャラクターとしての魅力が違ってくると、小池一夫もいっていた。気がする。

2009年5月31日日曜日

RPG W(・∀・)RLD1 ―ろーぷれ・わーるど―

RPG W(・∀・)RLD1  ―ろーぷれ・わーるど― (富士見ファンタジア文庫)

指輪物語って源流に触れておいて、この立ち位置の危うさはどうも信頼できないなあ。
キャラクターをゲーマーとして見せるのなら、単なるネタとしての消費ではなく、その奥にあるRPGの神髄みたいなところに迫って欲しかった。

現実とRPGの架空世界を対比させてストーリーを創るとき、その一番根本にある差異は「努力が認められるか否か」に求められると思う。努力すれば努力した分だけ、その世界の脅威が除かれていくというのは、報われない現実世界に対する強烈なカウンターだ。「最初から最強」という語り口で、成長の楽しみが奪われてるのは大幅な魅力減に感じた。

成長でステップアップで神話的な大魔王を倒す、という価値観が通用してねえのかなあ。でもファンタジーRPGってそういうもんであって欲しいよなあ。

ストーリーのことをいえば、「死」が明らかに軽視されすぎている。実際に誰か味方が死ぬわけでもなく、形式上の「死」を担保にして「胸を張って生きるために本気出す!」とか言われても全く説得力がない。カタルシスもない。
主役が二人いるのは、お互いを補う役割をそれなりに果たしていると思うので、上っ面だけでなくもう少し身につまされる感情を描けたんじゃないか。

2009年5月26日火曜日

相剋のフェイトライン

相剋のフェイトライン (HJ文庫)

古ッ! というのがまず最初の感想。
改めて振り返って、世紀末的なディストピアは911を境に全然見なくなったなあ、と実感する。WTC崩壊のようなドラマを見せられたら、世紀末的ディストピアにリアリティなんて感じづらいのも当然で、ライトノベルに出てくる敵組織が「もう一つの正義」をいただくテロ組織にシフトしていっている……という流れは確実にあると思う。民族の対立とかがキーワードになってくるわけか。
そうやって考えてみると、この小説の「超能力で世界を牛耳ってる凄いディストピア組織」と「それに迫害されつつ間違った正義に反抗する能力者主人公」という対立軸は、やっぱり古い。古いのは一概に悪いこととは言えないんだけど、その形式の中から今の時流に対しての問題提起があるといいんだけどなあ、と思ったりもする。望み過ぎってことはないと思うんだけどなあ。

それはさておき能力者バトルモノとして見たとき、それぞれの能力が厳密に規定されていないため、「こんなこともできるよ!」という後出しじゃんけんバトルになってしまうのがなんとも。修行&成長型のストーリーではなく、三人称でキャラとキャラの組み合わせによるストーリーなのだから、ある程度手の内を見せつつバトルの行方を読者に想像させることが必要だと思う。地形などの利用の仕方も非常に残念。
キャラクターについても、読者に血肉が伝わらない印象。目の前で両親を焼き殺された、って回想で説明されただけで滂沱して感情移入するほど読者はカモじゃない。キャラクターに哲学を。好感を。感情移入を。

2009年5月23日土曜日

神のまにまに!―カグツチ様の神芝居

神のまにまに!―カグツチ様の神芝居 (電撃文庫)

「騙り手」という免罪符を手に、AとBという対立するふたつの集団を騙し上げ、見かけ上の平穏を作り上げて万事解決、という主人公の立ち位置を、自分は認めることができない。それでは根本原因が解決していない。
この作品で対立が解消されるきっかけが、アマテラスという絶対者の介入や神の起こした災害という、外部からの強制であることも、納得のいかない理由。

本来ならば妥協点を見つけ合うことのできるAとBが、「騙り」という手段によって、お互いの誤解に気づくというのが理想。「騙り」とはあくまで手段であり、到達点ではないはず。
ところが本作品は「騙り」が到達点になっている。問題が解決していない。そこにあるのはただ仮初めの平穏だ。


で、ぼくのかんがえた『神のまにまに!』。

クライマックスで婦人会会長が河童と邂逅したとき、「騙り」は完成されてはならなかったのではないか。
騙そうとする河童。騙されかけた婦人会会長。しかし婦人会会長は、母としての直感から河童が息子と別人であることに気づく。婦人会会長は河童に殴りかかる。殴られる河童。婦人会会長は、息子にまで化けて人を陥れようとするなんて、なんて汚らわしい存在なのだろうと、河童を罵る。そこで河童は、婦人会会長の息子がかつての親友だったことに気づく。河童の告白。婦人会会長が知る息子の死の真相。

少年の死に対する誤解は、対立の原因の象徴である。
「河童」という存在に罪をなすりつけていた母親が、真相を知ることでようやく息子の死に向かい合うことができる――とか筋書きを用意すれば、騙りなんて納得のいかない解法を用意しなくとも、上手い具合にストーリーが収まるんじゃないか。

「神」が側にいることで、中途半端に達観した視点を持った主人公を、「騙り手になりきれない騙り手」として描くのも面白そうだ。完璧に他人を騙すことのできる最高神アマテラス。騙されてもしあわせであるならばそれでいいではないか、と主人公を導く。
しかし主人公は納得いかない。騙りきれば簡単にしあわせにできるものを、人間の情が理解できるものだから、つい騙りきれずに失敗し、様々な困難を背負うことになる。だがその失敗こそが、物語をあるべきハッピーエンドに導くのだ。で、そんな主人公の騙り手になりきれない欠点が、アマテラスから非常に魅力的に見える……とか。

2009年5月18日月曜日

オルキヌス 稲朽深弦の調停生活

オルキヌス 稲朽深弦の調停生活 (GA文庫)

率直に言ってギャグが全く面白くないと感じたのだが、同様に全く面白さのわからなかった『生徒会の一存』がアニメにまでなっている以上、面白くないの一言で済ませるわけにはいけないのかもしれない。
ギャグの面白さとは何か、ずっと考えている。

ひとつ感じたことは、もしこの小説がアドベンチャーゲームだったとしたら、同じ台詞のやりとりも面白く感じられたのかもしれないということだ。立ち絵でキャラクターの表情がわかり、音声で台詞のニュアンスが伝えられれば、会話の受け取り方が違ったかもしれない。
逆に言えば、この小説は台詞の外のニュアンスを伝えることができていなかったのではないかと思う。自分は読者として、しばしば作者のギャグにおいて行かれたような印象を受けた。

そしてそのおいて行かれたような印象は、ギャグだけでなく作品全体にも感じられた。作者の持つ世界観の常識が、読者にきちんと伝わっていないため、常識のずれから生じるギャグやストーリーの意外さが、余りよく機能していない。


たとえば「ツンデレ」のようにキャラクターを類型化する作業は、もしかしたらその行間を埋め合わせる役割を担っているのかもしれない。共通の枠組みを利用することで、会話だけのやりとりだけでもキャラクターの言葉のニュアンスを想起させることができる。

じゃあ『生徒会の一存』で、普通の読者は行間が読めており、自分はキャラクターの共通認識を持っていないが故に、面白くないと感じられてしまったのか?
うーん、そうじゃないと信じたいんだけどなあ。

リビングデッド・ファスナー・ロック

リビングデッド・ファスナー・ロック (ガガガ文庫)

まさに伝奇もの。最後まで楽しく読めた。ただ、少し枠組みの中で収まっちゃった感はないわけでもない。
ガガガ文庫はこういう基本線を誤らない作品が多い印象。ただ、ライトノベルらしいライトノベルで成功作はあんまり見てない気もする。

2009年5月14日木曜日

クリスナーガ

クリスナーガ (電撃文庫)

主人公が眼鏡メイド・エレに騙されていたことが発覚して切れるシーンがある。あのシーンは表面上、自分を騙したことへの怒りを表しているものの、その根底には「無力な自分への鬱屈」があったはずだ。

突然異世界へと召喚された主人公は、訳もわからないままに世界を揺るがす大事件へと巻き込まれ、自分の無力感にさいなまれていた。それを救ったのが無表情な眼鏡メイドのエレであり、彼女が側にいることが主人公の心の支えとなっていた。
ところがある時、エレが主人公を騙していたことが発覚する。彼女は主人公自身を必要としていたのではなく、主人公の力を利用しようとしていただけだった――無力な自分に直面させられたからこそ、主人公はまるで別人のように怒りを露わにしたのだ。

だから本来ならば、主人公がエレとの関係を修復するためには、「自分がここにいることに意味がある」ということを証明する必要があったのではないか。
「実はエレにはこんなトラウマ過去があったんだ!」という新事実が露わになり、自分の至らなさをいくら反省したところで、主人公の無力さという根本問題は解決しないのだ。

2009年5月12日火曜日

ぱんつぁのーと

ぱんつぁのーと (集英社スーパーダッシュ文庫)

何がやりたかったのか、何を見せたかったのかがいまいちわからなかった。個々のストーリーアイディアに振り回されて、それがなんのために効果を発揮するのかまで考えが及んでいない印象。このジャンルはすでに飽和しきっていて、その中で勝ち抜くためにはとんでもない地力かアイディアかその両方が必要なわけで、とりあえずはその武器を「はいてない」に求めるべきだったのだろうがうまくいってない。

2009年5月8日金曜日

ヒミツのテックガール ぺけ計画と転校生

ヒミツのテックガール  ぺけ計画と転校生 (角川スニーカー文庫)

スニーカー文庫は定期的にこういう読みづらいのが出る気がするのは自分の思い込みか?
笑える理系小ネタが挟まっているのかもしれないが、しかし小ネタが小ネタで終わってしまっては意味がない。
三谷幸喜がコラムで、笑いは「バッドニュース」が「グッドタイミング」でくるとかどうとか書いていた。問題はニュースがファニーかどうかではなく、タイミングだ。
せっかく面白いアイディア満載なのだから、もう少しそれが生きる配置にできればなあ。

2009年5月1日金曜日

耳鳴坂妖異日誌 手のひらに物の怪

耳鳴坂妖異日誌  手のひらに物の怪 (角川スニーカー文庫)

別にオカルトなことを言うつもりはないけれど、物語ってのは登場人物やら立場やら設定した時点で自然と構造が決まり、語るべきテーマが生み出される――と自分は信じている。力学っつーかなんつーか、まあそういうモノ。
で、今回読んだ『手のひらに物の怪』は、そういう力学がすげーはっきり埋まってて、でもそこから導き出されるテーマがあんまり上手く掘り出されてないと感じた。
ので、後出しじゃんけんならなんとでも言えるぜ! 僕の考えた『手のひらに物の怪』いってみよう!


1.妖異とはあちら側の存在でなければならない

妖怪は境にいるものとかなんとか聞いた気がするけれども、読んで字のごとく妖異は日常から離れた場所にいる存在でなければ意味がない。
今作は大まかにいって、こちらとあちらの境界を軽率に踏み越えてしまった主人公が、しっぺ返しを受ける物語だ。そういった構造を際立たせるために、前半と後半の妖異像は明らかに異なった印象を与えるように描かれている。

しかし、自分には前半と後半のギャップが、ややアンフェアに表現されているように感じた。いろいろと理由はあると思うが、やはり主人公が境界をまたぐ前半の描写に、障害がなさすぎるのではないかと思う。ほのぼのとした妖異とのふれあいの中にも、「主人公は境界をまたいでいるのだ」という注釈を読者にもきちんと伝えることで、後半主人公の犯す失敗の重みが全く違ってくるはずだ。


2.支部長は過ちを犯してはならない

支部長はコミュニティを束ねる存在であり、各人員のひとつ上位のレイヤーで物事を見据える存在である。作中の描写からしても、彼は当面本作品における判断の基準点になるはずだ。
その支部長が、周囲の常識的判断と正反対に、主人公を不可思議な理由で受け入れているのだから、その判断は正しくなければならない。(おそらくこの支部長の判断が、1のように妖異が日常と異なるものに見えない大きな原因になっているように思う)

本作品において、支部長の判断は誤りだった。
もちろん、主人公の背後に強大な力が存在することを見抜いた時点で、「ひとつ上位のレイヤーで物事を見据える」という、物語上の役割は果たしているようにも見える。
だが彼の判断によって人員が瀕死の傷を負ったのも事実で、そうなった以上、支部長の判断は誤りと判断されてしかるべきだろう。

まあしかし、主人公が判断を誤り仲間を死に追いやらなければ物語が駆動しないのも事実。
自然な解決法は、「支部長が主人公に誓約を交わさせる」ことだろう。もし誓約が守られれば誰も傷つくことがなかった――といういいわけを用意することで、支部長の立場が保証される。
また、主人公が仲間を傷つけてしまったという負い目を、制約という非常に強い形で提示することにより、物語は大きく駆動させられる。


3.主人公の動機は贖罪が望ましい

さて、興味半分であちら側の存在に手出しし、仲間に瀕死の重傷を負わせるという大失態を演じた主人公は、一度組織を追い出されることになる。
彼は人間と妖異の圧倒的な力の差を見せつけられ、通常の人間が関与できない、非日常の理があることに気づかされるのだ。主人公は興味本位で、またいではいけない線をまたいでしまっていたのである。

「(前略)おうちに帰んな、坊や」(p.220)


組織を追い出す際の支部長の台詞はまさにそれを示している。本来ならば、子供である主人公がどれだけあがいたところで、大人になれるはずがないのだ。

しかし物語とは因果なもので、主人公がそこで日常へとどまり続けるわけにはいかない。一度組織を追い出されつつも、主人公はあちら側へと再度アプローチしなければならないのだ。

「役立たずを返上しよう、草太。使えるやつなんだって証明するの」(p.236)


上の台詞にもあるように、この物語において主人公の再アプローチの動機付けは、「自己実現」として描かれている。そして物語は最終的に主人公があちら側の力を使うことにより、自己実現が成し遂げられることになる。
しかしこの時点では、主人公があちら側の能力を扱えることが保証されていないため、主人公の動機付けが自分勝手なものに感じられてしまう。
この時点で、支所長の「主人公が足手まといである」という大人の論理は正当なものであり、主人公もそれに反論はできないはずだ。

それでも主人公があちら側に関わろうとするのなら、その動機は自己実現ではない別種の論理であるべきであり、おそらく「贖罪」がふさわしいだろう。
「自分が足手まといになる」という大人の理屈は確かに正しいが、しかし、それでも自分が犯してしまった罪を償いたい、自分のせいで傷つけてしまった彼女を救いたい――そんな動機が主人公を行動させれば、より物語の構造がすっきりとするはずだ。


4.ヒルダの役割ーー死者への憧憬

興味本位で異世界へと足を踏み入れ、そのせいで仲間との別れを経験してしまった主人公。これからも彼が異世界へと踏みとどまろうとするのなら、同じような危機が何度も襲いかかるはずであり、そのたび失ってしまった仲間――すなわちヒルダの記憶が脳裏をかすめるはずだ。「彼女のような目に遭う妖異をなくしたい」というのが主人公の動機になり得るのである。
その意味でも、ヒルダはもう少し「憧れの人」としての側面を描いた方が効果的に機能したのではないかと思う。死者への憧憬は永遠である。セイラさんである。
また、子供でありこちら側の世界の人間である主人公と、大人でありあちら側であるヒロインの対比というのは、やはり構造的に美しく見える。


5.刹里の役割ーーライバルとの対比

当初は主人公の先導者として、より「大人側」「あちら側」を進んでいる刹里。だがラストシーンで主人公は覚醒し、彼女よりも潜在的に高い能力を持っていることが示唆される。
おそらくここから先は、努力で積み重ねた能力により勝利への確立を少しずつ高めていく刹里と、高い潜在能力で状況を逆転する主人公との対比が生まれるだろう。
しかし、たとえ能力でのアドバンテージを失っても、刹里は精神的に主人公より「大人」であり、彼よりも多くのものが見えているはずだ。その点も含めて、以下に引用した初期のやりとりはいかにも皮肉で、ふたりの関係性を見事に表しているなあ、と感じた。

「あんたさ、ひょっとして学校の成績が良かったりするタイプ?」
「……何よ、急に」
「頑張ったら頑張ったぶん、結果が出て当然だと思ってるだろ?」(p.65)

能力的にはほぼ同じ立ち位置にありながら、努力と才能で分かたれるライバルヒロイン。恋愛を絡めるにはうってつけのポジションではないだろうか?


6.ミコトの役割ーー異種恋愛による正ヒロインの保障

本作品において、メインヒロインの位置にいるミコトは、外的なストーリー展開においてなんの役目も果たさない。何か特殊な攻撃能力があるわけではないし、運命的な役割を果たすわけでもない。
それでもメインヒロインとしての全うするならば、彼女は内的な動機を支えるべきだろう。一度は組織から追い出され、妖異にそっぽを向かれた主人公。折れかけた彼の心を再び奮い立たせたのは、たった一人残った妖異のミコトだった……というポジションである。ミコトが「携帯電話」についているのは、彼女がコミュニケーション能力に特化したことの象徴としてとれるだろう。
また、ヒルダでのエピソードでも言及されていたが、異種族が愛し合うことが禁忌ーーというのは、これからこの作品が続くにつれ、避けられないテーマとなってくるはずだ。しかしそれを乗り越えてなお、相手を愛そうとするその強い意志を表現することができたとすれば、それは「耳鳴坂妖異日誌」という作品の中で、なんの能力も持たないミコトが正ヒロインとしての立場を全うする説得力となるだろう。