長いことライトノベルを読んできて、これだけ主人公が気にくわないのは久しぶりだ。
喧嘩の後に「オレは謝るからおまえは上から目線やめろ」って理屈でヒロインに迫る主人公、どうやって好感持てばいいんだろうか? あり得ない。
本筋に全く関係ない竹林というネタキャラクターがあれほど無駄に描写されているのを考えると、主人公の性格の悪さも作者が意図したものではなくて、おそらく力量不足なのだと思う。
ハーレム小説の主人公が凡人で常識人なのは読者の感情移入の対象だからであるが、その凡人も「光るもの」を持っている。
社会はそれを認めてくれないが、しかし確かに心に秘めた「光るもの」。それはヒロインたちが凡人である主人公に惹かれる理由であり、同時に読者から主人公への共感の入り口である。
それは「愚直なまでの優しさ」かもしれない。「周囲の目を気にしない正義感」かもしれない。「どんな苦境に遭っても、女性には優しく接する」という信念かもしれない。
だがいずれにせよ、「光るもの」という行動原理を元に、読者は主人公に感情移入し、主人公のハーレム状態に心躍らせる。
だが、もしも凡人たる主人公に共感できる行動原理が見あたらなかったら?
「嫌いな人」の恋愛話を楽しく聞くことはできず、「嫌いな人」にべったりなヒロインに、好感は抱けない。
おそらくこの作品の主人公の行動原理が意識されれば、ヒロインの立場との関係性から物語の大筋が導かれたはずで、そこを作者なり編集なりが自覚していれば、竹林なんてキャラクターは不要だ。
たとえば主人公の行動原理が、祖父譲りの「生活力」「礼儀正しさ」にあるとすれば、異世界からやってきた「生活力がない」「人間を下等生物としか思っていない」ヒロインとの対立軸がはっきりと浮き彫りになる。
礼儀正しさへの意識の違いから、「常識」と「非常識」と思えていた対立図式が、ヒロインのバックグラウンドを知るにつれ、「常識」と「もう一つの常識」のすれ違いだと言うことがわかるその課程を描くのであれば、ファーストコンタクトものの意味もより出るだろう。
ギミックのおもしろさを競うのはそれからで充分だ。
2009年4月23日木曜日
MIB
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